2009-11-01 Sun

「短冊を探しに」

「大きくなったらセーラームーンになりたい」。

それが、私の思い描いた最初の夢だった。
幼稚園の年少組の七夕祭りの短冊は、大体みんな同じようなことが書いてあったような覚えがある。何だか懐かしい響きになってしまったが、セーラームーンは当時の私にとっての絶対のヒーロー(ヒロインと言うべきか?)だった。本当に好きで好きでたまらなかったのは事実なのだが、今になって考えてみると、なんだか面白い。

「憧れの人のようになる」のではなく「自分が“憧れの人そのもの”になり変わる」のだと言っているわけだから・・・。

“夢”に合わせて自分を変えるのではなく、自分自身を“夢”にしてしまう。夢のシナリオを演ずるのではなく、自分がその登場人物となってしまう。何と大胆不敵なことだろう。もちろん、幼児はそんな穿ったことを考えてはいないだろうし、私だってそうだった。私はただ、「大好きなセーラームーンになりたい!」一心だったのだ。

思い返せば、「夢」はこの胸の中にたくさんあった。
幼稚園の先生、スチュワーデス、書道家、科学者、舞台役者、漫画家、文筆家、翻訳家、イギリス留学、タカラジェンヌ、そして国文学者・・・。

私の夢など、とてもあやふやなものだ。ふと心に浮かび上がっては消え、また新たに浮かんでは消える。子供の頃の「将来の夢」なんて、みんなそんなものなのかもしれない。それでも、昔の自分には夢を夢として語る勇気があった。

「国文学者になって、上代や中古の古典文学や歴史書の研究に携わりたいです」
「宝塚の舞台に立ってみたいです」
「語学を極めて、海外文学を自分の感性で翻訳したいです」

今の自分は、最後にこう付け加えて笑う。

「まあ、ただの夢ですけどね・・・」

自らの夢を短冊にでっかく書けなくなったのは、いつごろからだったろうか。
夢を夢見ていたあの日の心はどこかに消え、今では夢見ることを夢見ている。

* * *


青い月

お題提供元「青い月」様より、『696.短冊を探しに』

2009-10-31 Sat

パンプキン・パイが食べたくて!

パンプキン・パイ


「お菓子の好きな魔法使い パンプキン・パイが食べたくて かぼちゃに魔法をかけてみた ワン・ツー・ワンツースリ〜♪」という歌が子供のころ大好きでした。

さて、本日10月31日は謎の祝日、ハロウィン。

「ハロウィン」が何を祝う行事なのかいまいち理解していない私にとってはただの土曜日も同然なのですが、かぼちゃが大好きなのでパンプキン・パイを焼いてみました。かぼちゃが先かハロウィンが先か、実に微妙な一品です。

* * *


そんな片田舎の小市民、我が家のハロウィンの夜はこんな風に更けゆく。

母「ハロウィンって祝日じゃないのよ、死者を祀る行事で、お盆みたいなものなのよ!」

えっと、それ、ちょっと違うみたいです、母上・・・。

父「ハロウィンって何て言うんだっけか?『泣く子はいねが〜!』だったか?」

『Trick or treat!』です、父上・・・。(それ、なまはげ・・・。)

祖父「ん、このパンはなかなか美味いな!」

それはパンではなく「パイ」です、お祖父様・・・。

* * *


結論、「やっぱりハロウィンって謎の祝日」・・・。
もうさ、日本のハロウィンってさ、何かホラーっぽい仮装してお菓子もらってかぼちゃ食べる日(ではない?)でしょ。だったらもう「かぼちゃ祭り」でいいよね・・・。かぼちゃ美味しいもんね・・・。

でも、そんなとぼけた我が家の食卓こそが、世界一の「ハッピー・ハロウィン!」なのかもしれません。
posted by 美都 at 19:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-30 Fri

It's My Sunshine

私が初めて読んだ日本古典は「古事記」でした。
というよりも、正確にはその内に収められている、かの天照大神の「天の岩戸籠り」のエピソード。

当時、私は幼稚園か小学校に上がったばかりだったかと思います。
二歳上の兄が購読していた小学生向けの学習雑誌の中に、この日本神話中の物語が挿絵入りで載っていたんです。

おませな私は兄の学習雑誌を借りて毎月楽しみに読んでいたのですが、今にして思うと、これが古典との初めての出会いだったんですね。「かぐや姫」や「浦島太郎」など、“古典文学”というよりも“昔話”として世間に定着している物語を除くと、これが最初。

もちろんその頃は『これは日本古典である』なんて自覚はありませんでしたけど、「アマテラス・オオミカミ」というインパクトのある名前は、幼心になかなか忘れがたいものでした。まあ、十年以上経った今でも覚えているくらいですから・・・。

* * *


太陽の女神のアマテラスオオミカミは、乱暴者の弟・スサノオノミコトが人々を困らせてばかりいることを嘆いて、「天の岩屋」という洞窟の中に姿を隠してしまいます。

女神が天の岩戸の中に籠ってしまったために、空からは太陽が消えてしまいました。困り果てた天の神々は、何とかしてアマテラスオオミカミを岩屋から連れ出そうと一計を案じます。

神様たちは天の岩戸の前でお祭りを開き、にぎやかに歌い踊りました。
アマテラスオオミカミはその楽しそうな歌声に惹かれ、思わず岩屋の戸をほんの少しだけ開けてしまいます。

それを待ち構えていた力持ちの神様が、すかさずその戸を開け放ち、天地に再び明るい太陽の光が蘇りました。めでたしめでたし。

* * *


原典ではもう少し背後関係が複雑だったりするのですが、私が読んだのはこんな感じにまとめられたものだったと思います。この物語は日本神話の中でも特に有名な箇所なので、きっとご存じの方も多いことでしょう。

しかし、これが初めて読んだ古典だなんて、なんだかあれですね。
あの、こうね、現実を嫌って洞窟の中に籠って世間を大騒ぎさせたくせにね、結局外界の娯楽にふらふら〜っとなびいて出戻るってのがさ・・・なんかね。誰かに似てるよね。

いえ、原典ではもう少しシビアに書かれてるんですけどね、「ああ、今、岩戸籠ってるかも、自分・・・」って思いました。

自分を天照大神になんて例えたら神罰が下りそうだから、もう何も書かないけどねっ。
posted by 美都 at 18:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古典文学あれこれ

2009-10-29 Thu

「ドワーフの相槌」

一度だけ、舞台の脚光の中でヒロインになったことがあった。

実は私は幼稚園の年中組にいたころ、園内の発表会での劇「アラジンと魔法のランプ」でヒロインの姫君役を演じたことがあるのだ。もちろん才能を買われたわけではなく、単にクラス総出のジャンケン大会で勝ち残っただけなのだが・・・。

私が通っていたのは私立の幼稚園だったので、たかが発表会と言えども、市民会館の立派な大ホールを借りて行っていた。今にして思えば、あれが人生最高のステージだったような気もする。

あれは「劇」というよりも、ただセリフと音楽が吹き込まれたテープに合わせて簡単に身振り手振りするだけの「お遊戯」に近いものだった。私が演じたのだって、まさしく児戯に他ならず、“演技”なんて呼べるレベルのものではなかった。ただ私は綺麗な衣装を着せてもらって、広い舞台の上でお姫様になれるのが嬉しくて、それがすごくすごく楽しかった。


やがて小学校に上がった私が、初めての校内発表会の劇で演じたのは「さるかに合戦」のカニ役。

それも仲間たちと見事に敵打ちを果たす主人公のカニではなく、物語の序盤で悪役のサルにあっさり殺されてしまう母親ガニのほう・・・。

確か、幕が開くと同時に舞台袖からチョッキンチョッキンと登場するのだ。
画用紙で作ったカニのはさみを両手に持って、ガニ股の中腰で『カニ歩き』しながら・・・。

幸い写真は残ってません


全校生徒の前で「カニ歩き」を大披露したかつての私・・・。
これまた昔のことなれど、終始その情けないポーズのままで一生懸命「早く芽を出せ、柿の種〜!」とか叫んでいたような・・・。

思い出すと頭が痛くなってくるようだけど、この時もすごく楽しかった。本当にこのカニ役にひたむきだったから・・・。


私が最後に演じたのは、小学三年の時の劇「どんぐりと山猫」の山猫の従者だった。

宮沢賢治の原作童話では「醜く無学な老夫」とされている彼だが、やや差別的な印象が強いためなのだろうか、学校劇ではただの「男」に変更されていた。そして私は台本を読んで自らこの役に立候補したのだった。ある一場面がすごくやりたくて、あえて男役に・・・。(ちなみに当時は宝塚の存在は知らなかった)

どんぐりの裁判の場面で、木槌をドン!っと振り下ろして「静まれいっ!」と叫ぶのだが・・・。

もう、とにかくそこ以外に見せ場が無いような端役なのだ。でも私はその演技に必死だった。どうやって迫力を出そうかって試行錯誤して・・・。本番でも大した演技はできなかったけど、でも、これも本当に楽しかった。


私に演劇の才能があったとは思えない。
でも、あの頃の自分には純真な情熱があったような気がするのだ。

「はい、お前、今からアラジンの姫君な」
「よし、お前はさるかに合戦の母ガニだ」
「いいか、お前、ちょっと山猫の従者やれ」

もし今、そんな風に言われて舞台の上に放り出されたとしても、おそらく私は手も足も出ないだろう。でも、かつての自分だったらできたのではないかと思う。

高校生になり、プロが演じる商業演劇をたびたび観るようになってから、私はずっと演劇に憧れてきた。いつかはもう一度何かを演じたいと密かに思い続けてきた。それが叶うかどうかは、天と今後の自分次第だけれど。

でも、何となく分かるのだ。たぶん、私が再び演劇というものに出ることがあったとしても、あの頃より上手くはできないだろう・・・って。

* * *


青い月

お題提供元「青い月」様より、『785.ドワーフの相槌』

2009-10-28 Wed

自ら負うものの重み

ここ数日間、熱に浮かされたような日記ばかり書いていたけれど、現実の方も少しは顧みねばなりません。

神経症(不安障害)と付き合い始めて三ヶ月半ほどが経ちました。
本格的な症状が現れる前の前兆期間を含めると、半年ほどが経過したことになります。

現在は週一回の心療内科での通院治療に加え、抗不安薬と睡眠導入剤、不安頓服薬を用いた服薬治療を続けています。要するに、初夏から相変わらずの状態です。なので、わざわざ書くまでもないかなと思いました。

主治医いわく、通院開始から三ヶ月が経った今でも「治療はまだ始まったばかり」だそうです。ある程度の覚悟はしていましたが、やはりこの手の病気は年単位での通院を要するようです。私には、ただ月日のみがさらさらと流れ去っていっているようにしか感じられません。

何となく、自分の中でタイムリミットを決めていました。十一月。
晩秋までに大学受験ができる状態まで回復しなかったら、もう諦める・・・と。


「大学国文科進学」、それは私の目標であり、将来の希望でした。

中学時代の不登校経験、その延長上にあった高校時代、いつもいつでも思い通りに進まなかったこれまでの人生。そんな中に根付いていた大きな目標は、常に私を鼓舞してくれました。

「中学は大嫌い、でも大学では古典を学ぶんだ、だから高校に行こう!」
「高校は不本意進学だった、でも大学は絶対に日本文学研究の名門に入ってみせる、だから勉強しよう!」

子供の頃から古典が好きでした。大学で古典文学を専攻するのが夢でした。
でも、今ではもう本を読むことすらできません。愛し続けた源氏物語の全集を売り払っても、青春時代を捧げると決めた古典から離れても、平気で生きている自分がいます。

夢、目標、そんなものはなくても生きていけるのだと、こんな形で理解しなくてはならなかったのが悲しいです。小学生時代に芽生え、中学時代から一心に追い求め続けた志は、こんなにも脆いものだったのかと、自分自身を空しく思います。

私は自分が許せません。お前に自負はないのか?
古典への、自らの志への自負をいつ手放したのだ。はじめから負ってなどいなかったというのか。それは言い逃れだ。自分が一番よく分かっている。

この手に掴みかけた本物の人生、ようやく何物にも遮られず追い求めることのできる自分の道。私は今、それを自ら捨て去ろうとしている。それでいいのか、それすら分からないままに・・・。

「自負」。

自ら背負って生きるものは、何だろう。
夢か、目標か、誇りか、学歴か、心の古傷か、無様でどうしようもないこの自分自身なのか・・・。
posted by 美都 at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-27 Tue

My bloody knight!

忘れもしません、2007年10月27日土曜日の朝は暴風雨でした。

千駄ヶ谷の駅を降り、「せいっ!」と果敢に開いた青い傘はすぐさまおちょこと化してその役割をまともに果たさず、会場の日本青年館にたどり着いた頃には私は全身ずぶ濡れでした。お気に入りの靴の中まですっかり水浸し。ピッチャンピッチャン音を立てながら、ようやく客席に着いて思ったものでした。「何でこんな日のチケットなんて取ったんだろう・・・」って。

「“ルドルフの人”が出るっていうから観に来たけど、はあ、失敗したなあ・・・。」

そう、今日は「かなめ記念日」。もうあれから二年も経ったんですね。
懐かしいなあ、宝塚雪組『シルバー・ローズ・クロニクル』・・・。

ハーフ・ヴァンパイア・ゼリー


“ルドルフの人”こと凰稀かなめさんが演じたヴァンパイアの美青年クリストファー・クレム。大嵐の日に観たその姿を、私は生涯忘れません。

もう何度も書いているけれど、私は彼が大好きです。

冷酷な美貌の内に、この世で二人きりの妹への心からの愛を秘めたクリストファー。人間とヴァンパイアの混血として産まれたがゆえに、どちらの世界にも馴染めず、居場所を求めて、永遠の孤独の中に生きる運命のクリストファー。彼は妹を守るために生きていたんだろうな。最愛の妹が一人ぼっちにならないように、ずっと寄り添って・・・。

そんな妹、ヒロインのアナベルが主人公エリオットの真の愛を得た時、クリストファーは物語から姿を消すのです。妹をかばって銀の銃弾に撃ち抜かれて・・・。とても悲しい最期なのですが、クリストファーはあれで幸せだったのかもしれません。愛する妹アナベルに「還れる場所」ができたから・・・。

そんな今日の一品は、混血のハーフ・ヴァンパイア、クリストファーに捧げるデザート。
血と薔薇と洋酒で作った真っ赤なゼリー、ということにしておきましょうか。間違っても焼き鳥なんて入ってませんよ(笑)。

血と薔薇と・・・?


またしても芸のない名前ですが、「ハーフ・ヴァンパイア・ゼリー」。

赤い食紅と砂糖を加えたローズヒップティーを寒天で固め、その上にチェリーサイダーにキルシュ(さくらんぼの蒸留酒)を少々加えたゼリーを重ねてグラデーションを作りました。

二層に分かれた赤が、混血のヴァンパイアのイメージです。
以前に作った「シルバー・ローズ・ババロア」に比べると、ちょっとアダルトな雰囲気のデザートに仕上がりました。クリストファーにはこちらの方がお似合いかもしれません。

何はともあれ、私も今日からかなめさんファン三年生です。
星組次回公演「ハプスブルクの宝剣」はどうやら大作になるようですね。さて、今年も一年、客席から、そしてキッチンからも思いっきり応援させていただきます!
posted by 美都 at 20:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-26 Mon

あなた、焼き鳥食べますか?

どうも雨の日は気分が滅入ってしまう私です。

今日も「うわ〜ん、どうせ私は誰からも期待されてないんだ〜!」とかしょーもないことを考えながらふて寝していたら、なぜかクリストファー・クレムが舞台の上で焼き鳥(バーベキュー?)を食べている夢を見ました。

その他にも彼は世界中の酒場をめぐりながら、生き別れになったサルサダンサーの母を探したりもしておりました。(ところでサルサってどんな踊りだ?)

クリストファーです。「シルバー・ローズ・クロニクル」です。宝塚です。
こんなアホな日記にお名前をお出ししては申し訳ないので書きませんが、私の好きなあの方です。

くりすとふぁー


ねえ、クリストファー、あなた焼き鳥とか食べますか?
やっぱり口に入れるのは血と薔薇と洋酒だけですか?ですよね?


どうでもいいことですが、少女漫画描くのって楽しいですね。
小学生の頃、友達と一緒によく描いてたんです。下手でしたけど・・・。
posted by 美都 at 19:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-25 Sun

まさはるさんとかなめさん

ふと、アクセス解析を覗いてみたら、驚きました。
普段はあまり気にしないのですが、検索ワード「福山雅治」でお越しの方の何と多いこと!あれ、私、福山雅治の事なんて全然書いてないのに・・・。昨日の日記に一言だけしか・・・。

今まで、私のブログに著名人のお名前で検索して来てくださる方って、「凰稀かなめ」がほとんどだったんだけどなあ。私はそれをたまにこっそり見て、「ああ、やっぱりかなめさんって愛されてるのね〜!」って密かに喜んだものなのですが・・・。

うん、ましゃパワー、圧倒的です。
かなめパワーだって負けてはおりませんが、やっぱり福山雅治って人気あるんだなあ・・・と痛感しました。

余談ながら、私も母のお供で「道標」ツアーに行ってきた時は「うわ〜!!ましゃ〜!!」って叫んじゃいました。お二人とも舞台の上で目が眩むほどに輝いておいでですから・・・。

そう、福山雅治さんと凰稀かなめさんの最大の共通点って、たぶんこれですよね。

モテモテなのです


恋のビックバン!女性の愛の力は偉大なのです。
あ、私のブログはもちろん男性も歓迎です。以上、美都のつぶやきでした。それでは皆さま、おやすみなさい。良い夜を。
posted by 美都 at 19:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

「目覚める何か」

書くことに真に目覚めたのは、いつごろだったのだろうか。

私が自身の感情を文章という形で表現するようになったのは、十二歳、中学一年の時からだ。今ではすっかりキーボードを打ち鳴らすのみとなってしまったが、当時はきちんとペンを執って書き綴っていたものである。ある一冊のノートに・・・。

かつて私が所属していた女子バレー部の顧問の発案によって、部員におのおの一冊ずつ配布されたあのノートは、言うなれば「部活日記」だろうか。要するに、毎日の練習内容や顧問への要望、感想などを書いて提出することを義務づけられたのだ。

同級生部員との軋轢に耐えかねていた私にとって、部活内ではそのノートだけが唯一の希望だった。自分の辛さ、身を裂かれるような痛み、そんな苦痛の全てを顧問に分かってもらえるのだ、そう、これに書きさえすれば!

私は毎晩必死にペンを走らせた。あのこともこのことも、私が感じたことを全て文字に変えようと。そうすれば、私の思いは通じる、顧問が助けてくれるはずだ―と。

部活日記を初めて顧問に提出したのは、確か一週間分ほどの手記が書きたまったころだったと思う。私は内心、期待が隠せなかった。これを顧問が読めば、きっとこの苦しみが分かってもらえると信じていたからだ。

しかし、顧問から返ってきたのは、こんなあっけない言葉だった。

「文章力抜群」

私は落胆した。この人は私の日記から何を読み取ったのだろうと。確かに、小学校を出たばかりの子供にしてはよく書けていたかのもしれない、でも、私が聞きたかったのはそんな褒め言葉ではなかった。私が綴った文章は全て、要約すれば『助けて下さい』だったのだから・・・。


私が退部の旨を部活日記に記したのは、それから程無くしてだった。
顧問から最後に書かれたコメントは、「作家もいいかも」。

今にして思えば、あの頃の私は『作家』だったのかもしれない。
そう、私はただ一言「先生、助けて下さい」と正直に書くだけでよかったのだ。

思いを伝えることに不器用なのは私の文章ではなく、まぎれもない私自身。それは未だに変わりないのだけれど・・・。

* * *


青い月

お題提供元「青い月」様より、『69.目覚める何か』

2009-10-24 Sat

かなメガクッキー制作記!

唐突ながら、お菓子作りはお好きですか?
細かい手作業はお得意ですか?
人をびっくりさせるのはお好きですか?
何か猛烈に表現したい愛を、お持ちですか・・・?

もし一つでも「イエス!」があるなら、こんなのはいかがでしょう。

かなメガクッキー


昨日の日記にちょこっと載せたので、ご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、これ、クッキーなんです。オーブンの天板にギリギリ入る大きさの特大クッキー生地に、大好きな凰稀かなめさんへの愛をデコレーションして焼き上げました(笑)。

以前、福山雅治さんの全国ツアーライブ千秋楽を記念して作ったりもしたのですが(詳しくはこちら)、今回はかなめさんが大きな赤い羽根を背負って舞台に立った記念です。

一見すると難しそうに見えるかもしれませんが、工程そのものはとても単純なので、時間さえあればどなたにでもお作りになれると思います。ただ・・・少し気が遠くなるだけですから(笑)。

* * *


作り方というほどのものもないのですが、簡単にご説明いたします。

(1) まずは図案を考えます。レーズンで表現するので、あまり繊細なものにしすぎると難しくなります。腕に自信のある方以外は、できるだけ大雑把なデザインにしたほうがいいかもしれません。

(2) お好きな方法でクッキー生地を作ってください。

(3) オーブンの天板にクッキングペーパーを敷きます。その上に、完成したクッキー生地を、天板より一回り小さい長方形に伸ばしてください。

(4) 竹串や爪楊枝などを使って、クッキー生地に下絵を描きます。

(5) ここからが本番です。下絵の通りにレーズンを並べます。
顔などの細かい部分はレーズン一粒では大きすぎるので、レーズンの一粒を縦長に三等分したものを使います。包丁よりも果物ナイフなどを使ったほうが切りやすいです。

ここが一番重要な作業です。気が遠くなるようですが、レーズンをつまみ食いしながら頑張ってください。

(5)レーズンを並べました


すると、こんな風になります。

(6) (オーブンで焼く前にデコレーションする部分がない方は、この工程を飛ばしてください。)

私は今回は、赤い羽根の部分にいちごジャムとココナッツフレークを使いました。
乗せる部分を軽くへこませてから、ジャムを流し込みます。

(6)ジャムを乗せました


(7) 予熱したオーブンで適当な時間焼きます。温度や焼き時間は生地や大きさなどによって異なりますので、適宜調整してください。

(8) 私の場合は、まず180度で10分間、ココナッツフレークを乗せてさらに2分間ほど焼きました。

(8)焼き上がりです


すると、こんな風に焼き上がります。
レーズンのずれなどを修正したい場合は、生地が熱いうちに行ってください。冷める前の生地は非常に壊れやすいので注意!

ここで完成・・・でもいいのですが、どうせならもっと派手にいきましょう!

(9) 最大の難関、デコレーションです。
私は手先が不器用なので、この工程が一番緊張します。
図案を参考にしながら、お好きなようにデコっちゃってください。

私は今回はこんな風にやってみました。

かなメガクッキー


・羽根の部分に仕上げ用のいちごジャムを上乗せしました。

・「かなめさん最高でしたありがとう!」と「10.22」、「Mark & Siva」をチョコレートのデコペンで書きました。

・「桐生」の部分は、蜂蜜を塗った上にチョコレートスプレーを並べ、周りをココナッツフレークで囲みました。

・かなめさん(?)の瞳を、デコペンで少し輝かせました。

このクッキーは製作者が「完成した!」と思うまでは完成しませんので、どうぞご存分に。私の場合は、これで完成です。お疲れ様でした。

でも、まだ一つ問題が残ってますね。

綺羅星の君・・・?


はたしてこれ(↑)を凰稀かなめさんと呼んでいいのか。

かなめ侮辱罪に当たるのではと真剣に考えましたが、ごめんなさい、不器用で絵心もない私にはこれが限界です・・・。一応、かなめさんのお写真を見ながら、なるべくご本人に似るように作ったのですが・・・。

だって、仕方ないじゃない・・・。

かなめさんのご麗貌は、レーズンなんかで表現できるわけないんだからねっ!

という訳で、最後は開き直りで終わりましたが・・・。
「おいお前!かなめさんはこんな顔じゃない!」と憤られたそこの器用なあなた、私に代わってリベンジを果たしてくださいませ。ぜひともお願いいたします。
posted by 美都 at 13:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-23 Fri

星降る日の名残りに



親愛なる―とお呼びすることをお許しください、凰稀かなめさん。

かなめさんを初めて劇場で観たのは、かれこれ二年前の夏、雪組公演「エリザベート」のルドルフ役の時でしたね。

地方在住の中学生だった私には、宝塚観劇なんて夢のような話でした。
だから宝塚雑誌を買って読んだり、たまにテレビで放映される宝塚の舞台を録画して擦り切れるほど見たり、通販でCDを買ったり・・・。そんな「ヅカファンもどき」を三年間ほど続けた私が、初めて上京して『本物の宝塚』を観られることになったのが、高校に進学して初めての夏休み。そう、07年夏の雪組「エリザベート」だったんです。

そして私は、華麗な舞台の上で舞う、憂国の皇太子ルドルフに恋しました。

かなめさんご自身に恋するのはもう少し後、「シルバー・ローズ・クロニクル」のクリストファー役からなのですが・・・。


それから私はずっと陰ながら、かなめさんを応援してきました。
関東で上演されるかなめさんの出演作は必ず観劇して、双眼鏡越しにいつでもドキドキワクワク。

ルドルフもクリストファーもアルセストもロジャーも鳴海昌明もヨン・ホゲも、そしてマークも、みんな私の恋心を見事に射抜いたものです。
テレビ放映で観たトランティニアンとラサールとサリエルだって、上に同じ(笑)。

かなめさんの笑顔は末席の私にまでちゃんと届いて・・・。
何と言ったらいいんでしょうか、かなめさんを観ていると、なんだか日常の苦しいこととか辛いこととか、そんなものがどこかに吹っ飛んでしまうような・・・。

そう、『You make me happy.』なんです。あなたは私を幸福にする、幸せな私を作り上げてくれる、そんな感じ。


かなめさん。昨日の全国ツアー桐生公演、最高でした。
電車で不特定多数の人たちが集まる場所への外出はとても緊張しましたが、桐生市市民文化会館の後ろの方でこっそり観劇してきました。

お芝居の『再会』もとても面白かったけれど、何と言っても『ソウル・オブ・シバ!!』は、今までかなめさんが出演なさったレビューの中で最高のものでした。

かなめさんが演じた舞神シバは、本当に“シバの魂”が宿っているようで、本当に神様みたいだって、本当の本当にそう思いました。

フィナーレでかなめさんが大きな赤い羽根を背負って現れたとき、私は泣いてしまいそうでした。

宝塚スターの象徴である大きな羽根を背負ったかなめさんを観たの、初めてだったから・・・・。ああ、本当にかなめさんはスターになったんだな、羽根を背負う立場になったんだなって、感無量でした。


私、初夏に不安障害を発症してから、「明日が楽しみだな」、「今日は本当に楽しかったな」って思ったこと、ほとんど無かったんです。もう毎日が暗闇に覆われているようで、もうこの世界には楽しいことなんてないんだって、自分はどこにも受け入れてもらえないんだって、そう信じざるを得ない状況でした。

でも、宝塚はいつでも愛と夢をもって、こんな私を快く迎えてくれて・・・。
ああ、この公演を見られてよかった、生きててよかったって、昨日は心からそう思えました。

星組さん、群馬に来てくださってありがとうございました。
そしてかなめさん、私に『生きている喜び』を感じさせてくれてありがとうございました。

また星組次回公演で、その笑顔に会いに行きます。
それまでに、私ももう少し笑えるようになっているといいな。
posted by 美都 at 18:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2009-10-22 Thu

「懐かしき花園」

今日は、星の降る日なんです。ご存知でしたか。
夜空の流星群から、夢を纏った星たちが地上に降ってくる・・・。

もしも、ひときわ輝く流れ星をこの手に受けることができたなら、あなたは何をささやきますか。溢れんばかりの愛ですか、それとも天高く飛翔せんとする夢ですか、それとも・・・。

私だったら、こう言おうかな・・・。


かなめさん! 
星組全国ツアー公演お疲れ様です! 
よくぞここまでお越し下さいました! 
群馬へようこそ!!!

あっ、群馬には海ありませんから、かなめさんのお嫌いな魚貝類もあんまりありません!

名物料理は焼きまんじゅうと煮ぼと(おきりこみ)とペヤングソース焼きそば、あとは忘れました!
あっ、ネギとこんにゃく下仁田名産です!

ですから、どうぞ安心してお越し下さい!
上州のからっ風に乗せて、私の心からのエールを送ります!

宝塚歌劇団星組の皆さまと、何よりも凰稀かなめさんに、起立・注目・礼!!


* * *


うん、何と言うか、えっと、ごめんなさい。
エッセイでもエールでもなく、雄叫びでしたね、これ。

本日の宝塚歌劇団星組全国ツアー「再会」「ソウル・オブ・シバ!!」群馬公演の成功を、心よりお祈りいたします。

青い月

お題提供元「青い月」様より、『57.懐かしき花園』

2009-10-21 Wed

「愛だの恋だのというよりもそれは」

その漆黒の双眸を初めて見つめた時、私は願った。彼を手に入れたい―と。
荒んだ世界を生きる私が、こんな春めいた思いに突き動かされるのは初めてだった。溢れる胸の思いを抑えることなど、私には叶わなかった。

「ねえ、あなたを愛してるの。私のものになって」

「今まで、あまたの女たちが俺の形骸を愛し、そして去って行った。お前もその一人だろう、愛だの恋だの、そんなものは女の作り上げた幻想にすぎない」

違うわ、私が愛したのはあなた自身の魂なのよ、そんな心の叫びを、彼は嗤った。「そうか。だったら俺を手に入れてみたらどうだ?お前にできるものならな」と。

彼の額の傷、幾人もの女とのかりそめの恋、そんなものは私の真実の愛の前には、何の妨げにもならなかった。私が彼をこの腕の内に抱きしめたとき、彼が小さくつぶやいた。

「つくづく運の無い女だな。世の中にはまっとうな男が山ほどいるというのに、俺のような傷物と結ばれるだなんて」

私はそっと彼に語りかけた。私は“あなた”が良かったのよ。もしもあなたがあなたでなかったら、けして抱いたりはしないわ―。

「お前も奇特な女だな、俺とは似合いかもしれん」、そう言ったきり、彼はもう何も言わなかった。


それ以来、彼はいつも私の側にいる。
寡黙な彼はいつも無表情で、いまだに私の片恋は続いているようにも思える。でも、私には分かっている。私たちの魂は繋がり合っているのだ。

日常にどっと疲れたとき、ふと振り向くと、彼の背中がある。
そんな時も彼は何も言わないけれど、聞こえてくるのだ。「もう、休まないか・・・」って。

そうして私は、黙って彼の広い胸板に顔をうずめるのだ。
「仕様のない奴だ」と、彼は私を抱き止めて、いつしか共にとろとろと眠りに落ちる。そんなのが、私たちの愛なのだ。

彼、とある雑貨屋の展示品(商品見本)だった大きなブタのぬいぐるみは、今も私の膝の上にいる。

愛だの恋だのというよりもそれは、大いなるぬくもり。

* * *



わーいわーい、ハードボイルド・ピッグだー(笑)。
というより、ブタちゃん、勝手にハードボイルドにしちゃってごめん・・・。
(もしかしたら女の子かもしれないのに・・・。)でも大好きよ。たまにはこんなコメディ・フィクションもいいかなあ・・・って思ったんだもん。許してね。


青い月

お題提供元「青い月」様より、『389.愛だの恋だのというよりもそれは』

2009-10-19 Mon

「避けられなかったのは、同じ」

そう、あれは五年前、中学一年の頃の、ちょうど今日のような仲秋の日だったと思う。

いつものように、私は手元の文庫本に視線を落とし、そして“奴等”はそんな私を指差して笑っていた。なぜ私がそれを知っているのかって、私は本なんか読んでいなかったからだ。

私の両目は背中についていたので、自分の席にじっと座っていても、彼女たちが教室の後ろに陣取って大笑いしている姿がよく見えた。私は彼女らに弱みを見せまいと、毎日、渾身の力を振りしぼって「何事にも動じない自分」の演技を続けていたのだ。

そんなある日、彼女らのうちの一人が近付いてきて、わざとらしく私の席にぶつかった。「あっ、ごめんねえ〜」と笑いながら、徒党の内に走り戻った彼女は、大声で「ねえ、あたし謝ったのに、なんか許してくれないんだけど!」とそれは嬉しそうに叫んだ。
「つーか、アイツがそんなこと言うわけないし!」とこれまた嬉しそうな叫びが聞こえ、ほどなくして笑い声のビブラートがカラカラとこだました。

私は何も言わなかった。

彼女らが嘲笑していたのは、もしかしたら、私のひび割れた奇妙な鉄仮面だったのかもしれない。それが虚勢であることも、私の素顔も、きっと何もかも見透かされていたに違いないはずだから。

それでも、私は何も言わなかった。


『あの子たちは人の気持ちが分からない子供なんだから、相手にするんじゃないよ』
『あいつらは子供だなあ、人の痛みが分からない、かわいそうな奴だなあ、って思ってればいいのよ』

周りの大人たちは、口々にそう言い聞かせた。
そして私もそう信じていた。何事にも動じないのが大人だと、自分は大人なのだと。

「あいつらは子供で、私は大人」、そんな勝手な思い込みだけが、私の矜持の全てだった。自分は彼女らよりも大人なのだから、子供なんかに惑わされたりしない、眉一つ動かしてはいけないのだと自分自身にひたすら言い聞かせていた。

彼女たちは、確かに子供だったのかもしれない。
私たちは、まだ十二か十三歳でしかなかったのだから。振り返って見れば何もかも、『子供の悪ふざけ』。

でも、私だって子供だったのだ。みんなみんな、子供でしかなかったのだ。

* * *


青い月

お題提供元「青い月」様より、『812.避けられなかったのは、同じ』

2009-10-17 Sat

〜第十頁〜

* 凍らせた缶詰のパイナップルの美味しさを再認識した。
たわむれに父にも一かけ勧めてみたら、予想外の大好評を得た。
「好き!」を人と共有できるのって、なぜかすごく嬉しい。

毎日の小さなよろこびに感謝を込めて。今日も佳き日でした。
posted by 美都 at 18:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | しあわせ・のーと